カテゴリー「こころ」の記事

2018年3月25日 (日)

やっとだ!!

ゼミの発表資料がようやくまとまった。

ふぅ。

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2018年2月14日 (水)

初恋

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以前にも書いたことだが、「なんで撮らなかったんだろう。」「もうやり直しはできない」と悔やんで仕方のないのが「初恋の人」の写真である。

1980年代前半、私は「初恋の人」と一番近くにいた。
本当に近くにいた。

実家の私の部屋に制服姿で座り、本を読んでいたシーンが浮かんでくる。
たぶんこれは夢や幻ではないと思う。

当時私は父の一眼レフを自由に使える立場にいた。
なら、撮ればよかったじゃないか。
別に「ポートレート撮影テクニック」みたいなものは何もいらない。
卒業写真の写りはそりゃすばらしいさ。
だけど私のカメラの前にいる彼女は別だろ?
今みたいに簡単に写真が出来上がる時代じゃなかった。
でもさ。馬鹿じゃない?
今ここにあるのは、かしこまって卒業アルバムに納まった彼女のいる集合写真だけだ。

今もし、彼女に会えたとしてもあの時の彼女とは別物だ。
二人の子供を無事社会に送り出した母だなんて、まぁ、そりゃそうだよね、と思っても、それを見せつけられるとしたらどうだろう。

村下孝蔵の「初恋」は80年代前半に発売され、ヒットした曲なのだが、私が知ったのはたぶん10年以上後だな。
どうして知らなかったのかというと、彼はこの曲が売れてもほとんどテレビに出たりはしなかったからだ。
病気を患ったからだという人もいるし、ヒットしたことで有頂天になりたくなかったからだという人もいる。


この曲「初恋」の相手には実在のモデルがいたのだという。
テレビ番組の「ドッキリ」企画で、村下の演奏中に彼女がステージに入ってくる、というのがあった。
お互い40代くらいかな。彼女は泣きながら入ってくる。もう「旧姓」が字幕に入っている。

粋なはからいだと思う?
私は「なんて残酷なことをするんだ。」と泣いてしまった。
途中で村下も気付いて一瞬泣きそうになったように見える。
演奏が終わってごあいさつ、「緊張しました。」と無難に片づけたのかな。


彼女だってさ、断るわけにいかないじゃん。
「出演交渉をしましたが断られました。」なんて本人の耳に入ったらそれはそれでつらいじゃん。

「こんな風に思われてたなんてうれしかった」
とか、そんな話なのかなぁ。

2018年1月23日 (火)

「時をかける少女」に見てしまう「親子」という存在。

今、この文章を読んでいる方のほとんどは「時をかける少女」という物語を知っているだろうと思う。
もともとはSF作家の筒井康隆が1967年に書いた小説であるが、すぐれた作品ゆえに何度も映画やドラマ、アニメとしてリメイクされ続けている。
かんたんに復習する。せつめいしよう。(←タイムボカンシリーズ風に)
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ある少女をとりまく、まぁ、ありがちな学園恋愛もの(笑)の日常が描写されている。
ところが数日程度の過去に戻ってしまう能力を突然彼女は身に付けてしまう。
おかしーなー、おかしーなー。こわいなーこわいなー、と(稲川淳二みたいに)思ってたんだが、
結局それは遠い未来から来た青年のせいだった。
同級生だと思っていたのに、彼女は正体を知ってしまう。
事情があってやむを得ずこの時代に来たんだが、
その間、この時代のこの世界で生きていくために、一種の催眠術、錯覚、あるいは幻覚のようなもので、
彼女もクラスメートたちも、教師や、彼の面倒を見てくれる両親にも、本来はいない彼の存在を当たり前のものとして感じさせている。
一か月くらいで準備ができたら彼は未来へ帰らないといけない。
みんなにかけていたその「催眠術」を解いて、本来の生活にみんなを戻さないといけない。
だけど「時をかける少女」には記憶を残しておき、未来で再会しよう、と約束しあうことになった。めでたしめでたし。
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少なくとも十本くらいはヴァージョンがあって、いろいろ違うんだけど、大まかにまとめればこんなもん。
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今で言う「ライトノベル」的なお話しなので、『「時をかける少女」と「未来から来た青年」の別れ』に感動するのが良い子の答えです。
しかし私はなぜか心がもっとえぐられ、揺さぶられるところがあるんです。
大林宣彦監督・原田知世主演の1983年劇場版「時をかける少女」(だと思う・いま観て確認はしていない)のヴァージョン。
物語のラストで、あちこちが「本来の姿」に戻っていくのだけれど、「未来から来た青年」が息子として一緒に暮らしていた、年の取った夫婦が2人で穏やかに過ごしている描写がある。
別に不幸になんか見えない。ふつうにシアワセに暮らしているようだ。
だけどなんだろう、未来から来た青年がそこにいないのが哀しくて哀しくて涙が出てしまう。
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親子って何なんだろうね。
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事故や事件や災害で子供を亡くした人が言う、
「この苦しみを言い表せることはできません。」
「犯人には命をもって償ってほしいです。」
「何度殺しても殺し足りないくらいです。」
「行政はいったい何をしていたのでしょうか。」
そりゃそうです。子供が急に死んでも平然としていられる人は少ないだろうとは、子供のいない私にも想像はつきます。


でも、勇気を奮って本心を書きます。
「子供のいる何年間かを過ごしたあなたたちと、
全くいる期間がなく、0か月であり続けた私と、どっちが幸せなのですか?
同情を誘い、犯人を憎み、運命を呪い、『世間にチヤホヤされている』あなたたちと私と、どっちがいいのですか?
できることなら立場を取り換えてもかまわんのですよ。
夫なり妻なりと知り合うこともなく、子供を持つこともなかった人生と、あなたたちの人生と、どっちがいいですか?
私の答えは決まっています。
笑顔の遺影に「チーン!!」はもううんざりなんです。